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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)1439号 判決

控訴人 吉田勗 外二名

被控訴人 須山博

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人(以下「控訴代理人」という。)は、「原判決を取消す。被控訴人は、別紙物件目録記載の不動産について長野地方法務局飯田支局昭和四六年五月二二日受付第九一一九号森宏持分全部移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示(原判決一枚目-記録一三丁-裏一行目「原告らは、」同裏一一行目「請求原因として次のとおり述べた。」及び裏一二行目から同三枚目-記録一五丁-表一行目まで及び同表四行目から原判決五枚目-記録一七丁-表三行目まで。)と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決一枚目-記録一三丁-裏一二行目の「請求の趣旨記載の不動産」を「別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)」に改め、同二枚目-記録一四丁-表八行目に「本件不動に」とあるのを「本件不動産に」と訂正し、同四枚目-記録一六丁-裏九行目及び同五枚目-記録一七丁-表二行目に「尋問を求め」とあるのを「供述を援用し」と各訂正する。)。

一  被控訴代理人は、次のように述べた。

1  訴外古田宏は、昭和四二年五月二〇日本件不動産の共有持分を放棄したので、同訴外人の持分は、民法二五五条により他の共有者である控訴人ら三名に分割帰属したものであるが、仮に、控訴人らにおいて民法二五五条による同訴外人の持分の取得を被控訴人に対抗することができないとしても、控訴人らは、昭和四二年五月二〇日以降、善意無過失で所有の意思をもつて平穏かつ公然と本件不動産を占有使用してきたので、昭和五二年五月二〇日取得時効の完成により、右訴外人の持分を三分の一ずつの割合で取得した。よつて、控訴人らは、本訴において右取得時効を援用する。

2  被控訴人は、本件不動産についての訴外古田宏の共有持分につき、控訴人らの取得時効期間の進行中に右持分の譲渡を受けて移転登記を経由した者であるから、控訴人らは、右共有持分の時効取得を登記なくして被控訴人に対抗することができる。

二  被控訴代理人は、次のように述べた。

控訴人らは、被控訴人を相手方として、昭和四七年八月一日本件訴訟を提起し、本件土地について被控訴人の経由している訴外古田宏(登記当時は森姓)持分全部移転登記の抹消登記手続を求めたが、これに対し被控訴人は、控訴人らの右請求を争い、右訴外人の共有持分は被控訴人において同人から譲渡を受けて取得した旨主張してきた。右の応訴は、時効中断事由としての「裁判上ノ請求」に含まれるものとみるべきであるから、控訴人ら主張の取得時効は完成していない。

三  証拠関係〈省略〉

理由

一  いずれも成立に争いのない甲第一、第二号証、第四号証の二(一部)、第五号証の二(一部)、第八号証の四及び原審における控訴人林信本人の供述を総合すると、本件不動産は、もと控訴人らの父訴外古田新吾の所有であつたが、同訴外人は昭和三九年三月一九日死亡し、その妻で控訴人らの母である訴外古田久江も同年四月二九日死亡したため、控訴人ら三名及び末弟の訴外古田宏(以下「訴外宏」という。なお、同人は、昭和四五年一〇月二九日訴外森宮子と婚姻し、森姓を称したが、その後離婚して古田姓に復帰した。)が、同等の相続分をもつて共同相続し、本件不動産につきそれぞれ四分の一の共有持分を取得したことが認められる(右事実中、訴外宏が本件不動産につき四分の一の共有持分を有していたことは、当事者間に争いがない。)。前顕甲第四、第五号証の各二の記載中右認定に反する部分は、原審における控訴人林信の供述に照らして採用し難く、ほかに前認定を動かすだけの証拠はない。

二  当審証人古田宏の供述、これによつて真正に成立したと認められる甲第三号証、第九号証、原審における控訴人林信本人、当審における控訴人古田勗本人の各供述を総合すると、訴外宏は、郷里飯田市の高等学校を卒業後上京し、昭和三七、八年ころから独立して事業を営んでいたが、経営は思うに委せず、業績が上がらなかつたため、実兄の控訴人古田勗及び同林信の両名に無心して多数回にわたり金銭的援助を受け、その金額の累計は、昭和四二年ごろには合計一〇〇万円位に達していたこと、訴外宏は、同年五月ごろ郷里に帰省した際、右控訴人両名に対し、今回が最後であるから何とか一〇〇万円都合してほしい旨懇願し、同月二〇日右控訴人両名から現金六〇万円を借用名下に貰い受けたが、同日右控訴人両名の要求により、本件不動産の共有持分を放棄することを承諾し、その旨記載した書面(甲第三号証)を作成して、これを右控訴人両名に差入れたこと、以上の事実を認めることができる。原審及び当審における被控訴人本人の各供述中、昭和四六年に控訴人らを相手方として申し立てた共有物分割の民事調停の調停期日に、控訴人勗から訴外宏の差入れたという六〇万円の借用証を見せてもらつたが、それは甲第三号証とは全く別の証文で、遺産相続分の放棄というような文言は記載されていなかつた旨の部分は、必ずしも右認定と矛盾抵触するものではなく、その妨げとはならないし、他に前認定を左右すべき証拠はない。

以上によれば、訴外宏の放棄した本件不動産の四分の一の共有持分は、民法二五五条により、他の共有者である控訴人ら三名に平等の割合をもつて帰属したものということができる。

三  そこで、被控訴人の抗弁について判断する。

1  不動産の共有者の一人が持分を放棄した結果、民法二五五条により他の共有者が右持分を取得した場合においても、右物権変動を第三者に対抗するためには、登記を経由することを要するのはいうまでもない。そして、右取得者の権利取得の態様は、前主の権利を承継するのでなく、前主の権利が放棄により消滅するのと同時に右消滅した権利と同一内容の権利を原始的に取得するものであるとはいえ、前主の持分放棄の意思表示があつた場合に、これと同一内容の持分を取得することとなる点において、あたかも、前主から右持分を譲受ける場合と異ならないから、共有者の一人が持分を放棄した場合であつても、他の共有者が民法二五五条による右持分の取得につき対抗要件を備えるまでの間は、持分を放棄した共有者は完全な無権利者となるわけではなく、その者から第三者が当該持分を譲受けたときは、あたかも持分の二重譲渡がなされた場合と同様に、右放棄にかかる持分の帰属については、他の共有者と右譲受人との間で先に対抗要件を備えた者が優先するものといわなければならない。

2  本件についてこれを見ると、本件不動産は、いずれも未登記であつたところ、被控訴人が、訴外宏から交付を受けた白紙委任状を用い、訴外宏を申請人として昭和四六年五月一四日長野地方法務局飯田支局に対し、本件不動産につき訴外古田新吾の相続人を共有者とする所有権保存登記申請並びに訴外古田久江死亡による持分全部移転の登記申請をし、登記簿上は控訴人ら三名及び訴外宏の共有名義にしたうえ、同年五月二二日同支局受付第九一一九号をもつて被控訴人のため訴外宏の持分全部移転の登記を経由したことは、当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない甲第四号証の一ないし五、第五号証の一ないし五、第六号証の一ないし四、第七号証の一ないし六、第一三、第一四号証、乙第六号証、その方式及び趣旨に照らし真正に成立したものと認める乙第一四号証、当審証人古田宏の供述及びこれによつて真正に成立したものと認める乙第一、二号証、第五号証、第七号証、第九号証、第一一号証(二行目の四字加入部分及び七行目の四四字加入部分並びに右各加入に関する欄外記載部分を除く。)、第一二号証(二行目の四字加入部分、六行目の二五字加入部分及び七行目の一八字加入部分並びに右各加入に関する欄外記載部分を除く。)、第一三号証、第一五号証、第一八号証、原審及び当審における被控訴人本人の供述及びこれによつて真正に成立したものと認め得る乙第三、第四号証、第八号証の一、二、第一〇号証の一、二によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  被控訴人は、訴外宏に対し、抗弁1の(1) ないし(11)(原判決三枚目-記録一五丁-裏四行目から原判決四枚目-記録一六丁-表五行目まで。)のとおり、合計金七八五万円を貸付けた。利息は右(1) につき年一割、(6) につき年一割五分、(2) 、(7) 、(8) 、(9) 及び(11)につき年六分、(10)につき弁済期までの一五日分で金二〇万円、損害金は(6) につき年三割の約定であつた。

(二)  訴外宏は昭和四五年九月八日被控訴人に対し、右借受金債務の元利金の支払を担保するため、訴外古田新吾の遺産(右遺産は、本件不動産のみであつた。)中、自己の相続した持分(訴外古田久江の相続を介して更に相続した分を含む。)の全部を代物弁済名下に譲渡し、前叙のような経過で被控訴人に右持分全部の移転登記を経由させた。 以上のように認められ、当審証人古田宏の供述中右認定に反する部分は採用しない。

なお、被控訴人は、訴外宏の持分は前記七八五万円の貸金の利息及び損害金の弁済に代えて譲受けたものである旨主張し、原審における被控訴人本人の供述中には右主張にそう部分もあるが、右供述によつても代物弁済により決済された金額が明らかでなく、また、前顕乙第一一号証、第一二号証中の「債務の内三二万円に対し譲渡します。」との追加記入部分は、その筆蹟に照らし真正に成立したものとは認めがたいので、被控訴人本人の前掲供述部分は、たやすく採用することができず、他に右主張事実を肯認しうる証拠はない。そして、当審における控訴人古田勗本人の供述によると、昭和四五年当時の右持分の評価額は六〇万円ないし九〇万円であつたと認められるのに対し、前記貸金債権元本額が七八五万円であることに照らすと、右持分の譲渡は、前述のとおり、右貸金債権の元利金の支払を確保するための担保目的の譲渡であつたものと認定するのが相当である。

3  以上に認定したところによれば、被控訴人は、本件不動産に対する訴外宏の持分について譲渡担保権を取得したものであつて、右訴外人の持分放棄により控訴人らが右持分を取得したことにつき登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者に該当することは明白であるから、控訴人らは、民法第二五五条による右持分の取得を被控訴人に対抗することはできないものというほかはない。

四  進んで、訴外宏の共有持分についての控訴人らの時効取得の主張について判断する。

控訴人らが本件不動産を控訴人ら三名の共有物として占有を始めたのは、昭和四二年五月二〇日であるところ、その後控訴人らは、本件不動産に対する訴外宏の持分が控訴人らに帰属した旨主張して、昭和四七年八月一日被控訴人を相手方として本件訴訟を提起し、右取得した共有持分権に基づいて被控訴人に対し、本件土地について被控訴人の経由している訴外宏の持分全部移転登記の抹消登記手続を求めたが、これに対し、被控訴人は同年九月七日の原審第一回口頭弁論期日において、控訴人らの右請求を棄却する旨の判決を求める旨申し立て、次いで同年一〇月二六日の原審第二回口頭弁論期日において、「訴外宏の共有持分は被控訴人に帰属しており、控訴人らは右持分の取得を被控訴人に対抗することはできない。」旨主張し、右持分が控訴人らに帰属していることを争つたことが記録上明白である。

以上の事実によれば、被控訴人の右応訴行為は、取得時効の法定中断の事由である「裁判上ノ請求」に準ずるものと解するのが相当である。もつとも、前顕甲第一三、第一四号証によれば、被控訴人は、本件訴訟に応訴する前の同年八月三日本件不動産の共有持分を訴外今村邦彦に売渡し、同年九月四日その旨の持分移転登記を完了していたことが明らかであるけれども、民法一四八条にいう「当事者」とは時効中断事由となる請求等の当事者をいうのであつて、その資格に特別の制限はないから、取得時効の中断事由となる行為は、占有者の占有開始時における所有者その他取得時効の完成により所有権を失うこととなるべき者でなければ有効に行い得ないものと解すべき根拠はないので、被控訴人に対する関係においては、控訴人らの取得時効は、被控訴人の前記応訴行為により中断するに至つたものというべきであり、本訴係属中に時効が完成する余地はないので、控訴人らの時効取得の主張は採用することができない。

五  以上説示のとおりであつて、控訴人らの本訴請求は失当として排斥を免れず、これと結論を同じくする原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので、民訴法三八四条により棄却すべく、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 園部秀信 近藤浩武 川上正俊)

(別紙) 物件目録〈省略〉

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